月出のむかし話(健軍飛行場)

わがまち月出地域の歴史は、過去、飛行場の歴史と共にありました。先の大戦中は三菱重工業航空機製作所の試験飛行場を経て、熊本陸軍飛行場(健軍飛行場)となり、戦後は旧熊本空港として、たくさんの飛行機が飛び交ったのです。

さて、その健軍飛行場の物語として、昭和20年5月24日、まさに72年前の今日、沖縄に向けて爆撃機12機による特別攻撃隊が飛び立ちました。1機あたり14名、合わせて168名の兵士が、米軍の手に落ちた沖縄の飛行場をめざしました。本土上陸阻止と沖縄を見捨てないために。

詳しくはこちらをhttps://ja.wikipedia.org/wiki/義烈空挺隊

先日の5月20日、自衛隊健軍駐屯地内で義烈空挺隊出撃72周年慰霊祭がありました。慰霊碑の周りに祭壇がつくられ、碑の背後には落下傘膜が飾られていました。ご遺族や元兵士、幹部自衛官、自衛官OB、一般参列者のみなさんが集い、厳粛な雰囲気の中、慰霊祭が執り行われました。私も献花をして英霊に手を合わせてまいりました。

     

米艦船への特攻なども含め、身を挺した数々の義挙は、米兵を畏怖させ、米軍の九州上陸、本土決戦を回避させたと伝えられています。
悲しい歴史かもしれませんが、先人たちの尊い犠牲の上に今日の私たちの生活があることを忘れてはならないと改めて思いました。